エストニアから学ぶ日本における電子政府の在り方

ラウル・アリキヴィ, 前田陽二未来型国家エストニアの挑戦 電子政府がひらく世界インプレスR&D, 2017.

本書は, 電子立国として知られているエストニアの全貌が解説されているとともに,
著者の2人が日本・エストニアEUデジタルソサエティ推進協議会の代表理事と理事を務めていることから,
エストニアをデジタル社会のモデルとし国民視点で日本の情報化社会の在り方を提言しています.

エストニアは北欧のバルト3国の1つで, 1991年に旧ソ連から再独立し,
人口約131万人という小国ながらICT先進国として, 電子政府などにおいて先進的な取り組みを行っています.
日本では, 2021年9月1日からデジタル庁が始動し, 日本政府の DX (Digital Transformation) が期待されますが,
行政手続きの99%が電子化されたエストニアでは, 既に日本の10年以上先を進んでいると言われています.
ここで, 日本よりも100分の1小さい国から学ぶことができるものはあるか, という疑問も湧きますが,
本書ではそれに対して答えてくれています.

第1章では, エストニアでのモデルとなる家族を想定して,
首都タリン市民の日常生活について紹介されており, 電子立国のイメージが湧くと思います.

第3章では, ICTサービスを支える技術基盤の eID や X-Road について解説がされています.
eIDは, 日本で言うところのマイナンバー制度であり, それ自体は大きく変わらないですが,
eID/マイナンバーを利用して受けられる行政サービスの差は顕著で, またその普及率の違いも歴然です.
X-Road は, 官民の様々な組織により管理される多数のデータベースの連携基盤で,
電子政府サービスのバックボーンとなっています.

そして, 本書では明示的に紹介はされていませんでしたが, もう1つの技術基盤として,
KSI (Keyless Signatures Infrastructure, キーレス署名基盤) ブロックチェーンという技術があります*1.
これはエストニアの民間企業 Guardtime 社が開発した技術で,
エストニアのデータそのものは KSI ブロックチェーン上に置かず,
データベースへの問い合わせと応答をログに保存するところで KSI ブロックチェーンを使っています*2.

*1 KSI ブロックチェーン ≠ Bitcoin ブロックチェーン
*2 ログを保存するところでは, 具体的にはログをハッシュ値へ変換し,
さらにマークルツリーを使って1つのハッシュ値になり, KSI ブロックチェーン上に1秒毎に記録されます.

これにより, ログの改竄が試みられていないか検出することが可能です.
つまり, X-Road 上のデータの完全性が担保されています.
こうしたエストニアでの技術基盤は, 日本が電子政府を推進するにあたり,
グランドデザイン (全体構想) を描く上で参考になると思います.

第4章では, 各電子政府サービスの状況について紹介されており, 第1章と関連が深いです.
その中の1つ, インターネット投票 (i-Voting) サービスは非常に便利と思います.
近年, 選挙の電子投票をブロックチェーンを用いて実装する例を海外で見受けられますが,
エストニアでは Bitcoin のブロックチェーンが誕生する前の2005年から世界に先駆けて電子投票が行われてきました.
ただし, 現在ではエストニアでもブロックチェーンを利用した電子投票システム TIVI が使われています.
一方で, 日本においては, 電子投票が実現するのはまだまだ先と思いますが,
マイナンバーカードを作成することで電子署名も可能となるため, 理論的には実装が可能だと思います.

第5章では, 画期的な行政サービスである e-Residency プログラムについて紹介されています.
e-Residency プログラムとは, エストニアに居住していない人のために e-Residency カードを発行することです.
これにより, エストニアの非居住者にも ID 番号が付与され,
エストニアの政府や企業が提供する電子サービスを使用できるようになります.
私自身も4年ほど前に e-Resident になりました.
e-Resident のメリットの1つに, エストニアで簡単にオンラインで起業でき, リモート経営も出来てしまうという点です.
EU マーケットでビジネスをしたい人にとっては大きなメリットと思います.

e-Residency プログラムの背景には, 小国エストニアであることが理由の1つに挙げられます.
つまり, 人口約131万人から増やすことは簡単ではないため, 海外からのエストニア電子居住者を増やすことで,
自国経済の発展に寄与してもらいたいということだと思います.
この観点は, 日本においても通用すると考えられ, 実際日本は人口減少の一途を辿っているからです.
日本経済の発展のためには, 移民でなくとも, 日本電子居住者を受け入れることも施策の1つでしょう.

第7章では, 電子立国エストニアにおける推進体制や推進戦略など, 日本の参考になる項目について述べられています.

将来的には, マイナンバー制度を起点として, あらゆる行政サービスが電子化される社会を期待しています.